翻弄される「中米移民」~1 移りゆく歴史と経済の中で~

 今年1月14日早朝、約300人からなる移民キャラバンが米国を目指し中米ホンジュラス北部の都市サンペドロスーラを出発した。さらに14日夜には約3000人が同都市に集まって、同じくグアテマラ・メキシコを通過して米国に入ろうと歩き始めた。

 それから膨れ上がった移民キャラバンは、16日までに9000人がグアテマラ国境を越えた。が、その後彼らを待ち受けていたのは、治安部隊による威嚇と催涙ガスだった。一部は近隣の山中に逃げたりしたらしいが、数日後、グアテマラ移民当局により数千人が送還されたと発表されている。

 2020年、ただでさえ貧困や暴力が深刻な問題となっている中米諸国は、ますます厳しい状況に見舞われた。新型コロナウイルスによる経済悪化に加え、11月には二度に渡りハリケーンが直撃し、甚大な被害がもたらされたのだ。全体の被災者は460万人にのぼると言われる。

 こうした経済的打撃から生活が立ち行かなくなったり、ギャング組織による脅迫や暴力から逃れてきたりした人達が、よりよい生活を期待して米国に入国しようとしている。こうした人達は「中米移民」と呼ばれているが、実は今に始まったわけではない。

 そもそも「中米(中央アメリカ)」とはどこを指すのか。日本人にとってはあまり馴染みのない地域である。メキシコより南でカリブ海と太平洋に挟まれた、南アメリカ大陸に入る手前までの、小国が集まっているところだ。熱帯で常夏のイメージがある一方で、山がちで標高の高い地域も多く、コーヒーの生産が盛んである。古代にはマヤ文明があらわれ高度な技術を誇っていたが、16世紀にはスペインに征服された。19世紀半ばに一部は中米連邦共和国としてスペインから独立を果たすが、その後各国で独立政府が樹立され、現在の基盤となった。しかし経済は安定せず、19世紀末には米国資本のフルーツ会社がホンジュラス・グアテマラにバナナ農園を切り拓いて事実上の搾取をするなど、米国中心の経済に依存せざるを得ない国が多い。さらには各国内で内戦やクーデタが起こり、現在に至るまで政情不安は続いている。

 特に「中米魔の三角地帯」と呼ばれるホンジュラス・グアテマラ・エルサルバドルでは状況が厳しく、貧困層は膨らみ続けた。そういった事情から、1990年代までにこれらの国々から米国南部へ出稼ぎに行く農業移民が増え、米国にとっては安い労働力になっていた。

 ところが、祖国を去る彼らを取り巻く状況は変わってくる。

 1998年10月、ホンジュラスに上陸したハリケーン・ミッチによって、中米諸国に多大な被害と経済打撃がもたらされた。2005年には米国・中米間自由貿易協定が締結され、米国資本が介入していったことで中米諸国の地場産業は圧迫され、経済格差に拍車がかかった。その流れの中で力を持ち始めたのが「マラス」だ。1980年代にロサンゼルスにいた中米系移民の若者が、1990 年代になって米国から強制送還された後、再び中米諸国で組織化したギャングである。先述の中米3か国ではバリオ18 とマラ・サルバトルチャの二大勢力が派閥同士で抗争を繰り返し、地域住民の治安を脅かしている。みかじめ料を払えず、明日殺されると言われて、突如祖国を去る決断をした人達もいる。「中米魔の三角地帯」と呼ばれるゆえんである。

 こうした社会的背景が「中米移民」を生み出す要因となっている。当初は出稼ぎ農業移民として正規にも非正規にも受け入れられていたものの、昨今はその意味合いが複雑に変化していったのだ。彼らは一縷の望みを持って、米国を目指し続ける。

AENNAM「中米移民の子どもたちの教育を支援する会」代表 鈴木 萌

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 次回、米国およびメキシコ政府の対応と、「中米移民」の実情について。

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